1,1,1-トリクロロエタンとは?
1,1,1-トリクロロエタンとはメチルクロロホルム、クロロテンとも呼ばれる有機化合物です。常温では無色透明の液体で、不燃性かつ揮発性で水に溶けにくい、甘い匂いがするなどの性質があります。かつては工業的に多用され、電気・電子・輸送機器・精密機器など幅広い分野で金属洗浄剤として使われていました。
かつてこれらの金属洗浄剤にはトリクロロエチレンやテトラクロロエチレンが使われていましたが、これらの有毒性が明らかになったため、代替物として1,1,1-トリクロロエタンが普及した経緯があります。しかし、1,1,1-トリクロロエタンもオゾン層を破壊する物質である事実が判明したため、1996年に国際的に使用が禁止されました。
昭和57年度に当時の環境庁が全国15都市での地下水汚染の調査を実施したところ、1,1,1-トリクロロエタンが地下水から検出された都市が複数ありました。その結果、地下水汚染が深刻な社会問題とされ、1,1,1-トリクロロエタンは水質汚濁防止法にて有害物質に指定されています。また、土壌汚染対策法においても第一種特定有害物質に指定されています。
トリクロロエタンには1,1,1-トリクロロエタンと1,1,2-トリクロロエタンの2種類があります。これらは異性体であり、同じ種類の原子で構成されますが、異なる構造を持ちます。
1,1,1-トリクロロエタンの毒性
1,1,1-トリクロロエタンは似た構造を持つ物質に比べて比較的毒性が低いと言われています。国際がん研究機関(IARC)では1,1,1-トリクロロエタンはヒト及び実験動物での発がん性を示す証拠は不十分であるとされています。
しかし、大量に1,1,1-トリクロロエタンを経口摂取すると、吐き気、嘔吐、下痢をもたらす場合もあります。また、呼吸によって吸入した場合、めまいや頭痛、運動障害をきたす場合があります。したがって、比較的毒性が低いといっても摂取するのは避けた方がよいでしょう。
1,1,1-トリクロロエタンと水道水
1,1,1-トリクロロエタンは水道水の水質基準の項目には含まれていません。しかし、厚生労働省は1,1,1-トリクロロエタンについて水質管理目標設定項目に定めています。水質管理目標設定項目とは水道水中での検出の可能性があるなど、水質管理上留意すべき項目です。目標値は1リットル当たり0.3mgとされています。しかし、厚生労働省の調査によると、水道水においてはおおむね目標値より低い量しか検出されておらず、そこまで神経質になる必要はないでしょう。
【参考】厚生労働省:1,1,1-トリクロロエタン
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/dl/moku20.pdf
1,1,1-トリクロロエタンの除去について
家庭用浄水器のなかには1,1,1-トリクロロエタンを除去できる商品が売られていました。しかし、1,1,1-トリクロロエタンはモントリオール議定書で製造や輸入が規制されているため、2019年に家庭用浄水器試験方法(JIS)から削除されました。したがって、公布から1年間の経過措置が終了した2021年10月以降に製造された家庭用浄水器のパッケージには1,1,1-トリクロロエタンが除去物質として表示されなくなります。
千葉県衛生研究所の研究では煮沸によって除去できる可能性が示唆されています。ただ、加熱方法、容器の形状、材質、室温、気圧など除去できる条件がはっきりわかっていないため、過信は禁物です。
地下水から検出されたケースはありますが、水道水からはおおむね目標量の10%程度しか検出されないので、不安なら水道水を利用すると良いでしょう。水道水のカルキ臭などは煮沸したり、浄水器にかけたりして除去できます。しかし、これらを除去すると殺菌のための塩素も除去されてしまうため、早めに飲みきることをおすすめします。
【参考】千葉県衛生研究所:飲料水中の有機ハロゲン化合物の簡易な除去法の検討
https://www.pref.chiba.lg.jp/eiken/eiseikenkyuu/kennkyuuhoukoku/documents/13-p44.pdf
まとめ
1,1,1-トリクロロエタンは似た構造を持つ有機化学物質の中では比較的毒性は低いですが、それでも大量に摂取するとさまざまな健康被害を引き起こします。地下水から検出された事例があり、土壌汚染対策法によって第1種特定有害物質に指定されています。しかし、水道水からは目標量よりずっと少ない量しか検出されない場合がほとんどで、比較的安全です。1,1,1-トリクロロエタンが不安な方は浄水器を通した水道水を利用すると良いでしょう。